勝手にふるえてろ
2017年公開の日本映画。主演 松岡茉優。監督・脚本 大九明子。
(C) 2017映画「勝手にふるえてろ」製作委員会
ひねくれ者の24歳のOLが、十年間片思いをし続けた脳内の彼氏と、突然現れた現実の彼氏との間で、悩んで苦しみながら、自分の道を見つけ出す話。キャッチコピーは『この恋、絶滅すべきでしょうか?』
あらすじ
24歳のヨシカは、絶滅した動物が好きなOLである。その情熱は、博物館の払い下げのアンモナイトの化石を迷わず購入してしまうほどだ。
そしてヨシカには他にも、その人生を捧げているものがあった。彼女は中学二年のころから、ずっと同じ人に片思いをしている。みんなからイチと呼ばれていたその男子のことを、ヨシカは十年が経った今でも、度々脳内に召喚して中学生の彼と恋愛しているのだ。
その様子を周りのあらゆる人に話す、というのが彼女の日課になっていた。その話し相手は様々。ハンバーガーショップの女性店員や、コンビニ店員のお兄さん、通勤のバスで隣に座るおばさんから、いつも川で釣りをしているおじさんまで。彼女はいろんな人に、イチとの十年前の思い出をいつも語っていた。
そんな日常を送る中、ヨシカは営業課との飲み会である男性と知り合い、半ば強引にラインのIDを交換させられた。興味の無い人の名前を覚える気のないヨシカは、彼にニというあだ名をつけた。
そして、ヨシカはニに誘われたデートの終わりに、付き合ってくださいという告白をされた。人生初の告白を受けてヨシカは大喜びしたが、彼女はいまだにイチのことが好きなため、その告白の返事はしなかった。
またある日のこと。
ヨシカは自宅のアパートでボヤを起こしてしまう。彼女の必死の消火活動のおかげで、幸いにも被害はほとんど出なかったが、彼女はその経験から次のことを決意した。
一刻も早くやりたいことをやっておかないと人間死んじゃう。それなら昔のイチを脳内に召喚ばっかりしてないで、今のイチに一目でもいいから会って前のめりに死んでいこう。
ヨシカは国外に転校した同級生を装って、地元での同窓会を主催した。何とか現在のイチと再会できた彼女は、さらに頑張って、東京に戻った後もイチと会う約束を取り付けた。
ニからのアプローチをウザがりながらも、ヨシカは東京にある同級生が暮らすマンションに行き、イチとまた会うことができた。今度はイチと二人きりでゆっくり話す時間もできた。さらには彼も絶滅した動物が好きだという話を聞いて、ヨシカは喜んだ。
しかし、その会話の中のイチの一言で、ヨシカの日常が一変した。
その後、ヨシカが落ち込んでいる時でもニは彼女のそばにいてくれて、常に彼女を楽しませようとしていた。そんな現実の彼氏の良さを実感してヨシカはニと付き合うことを決めるが、ニからの悪気のない一言によって、ヨシカの心はまた激しく動揺する。
イチとニ、現実と妄想の間で揺れ動き、暴走をつづけた末の彼女の答えは……。
感想(ネタばれあり)
ヨシカの言動は良くないかもしれないけれど、とっても共感できることばかりで、自分の言動についても考えさせられました。クスリとさせるコメディ要素もあり、すごく深く考えさせられるような場面もあり、伏線や隠喩なんかも多く散りばめられていて、とてもたくさんの要素が詰まっている映画だと思いました。
一言で言うと、面白かったです。
印象的なシーンについて
一番印象的なのはなんと言っても、中盤の歌のシーンです。
歌っている内容や、それまでの状況のことを考えると、いろんなことを思わされて泣きそうになりました。松岡茉優さんの力強い声やその表情も合わさって、とても印象深いシーンになりました。何度も見返しました。
絶滅すべきでしょうか
キャッチコピーにもなっていて、予告映像にも流れているこの言葉をその場面で聞くのは、とても辛かったです。他にも、頻繁に出ていた『私ごときが求めすぎちゃだめなのに』みたいな後ろ向きな発言も同じです。
それまでのヨシカは私にとって、昔好きだった人の数少ない思い出を大事にしている良い人で、趣味を全力で楽しんでいるような、見ていてとても楽しい人だったので、そんな考えをしてしまうのを見るのは、とても悲しかったです。
だからこそ、後半のニの優しさが胸に響くことになるのでしょうけど。
どんだけねじくれたら生きやすくなるの
これには本当に共感しかなかったです。周りよりひねくれた考えや、違う考え方をしている人には、この世界は本当に生きにくい。
劇中に会ったようなガチャガチャした会社の飲み会を楽しめて、気軽に他人に話しかけられて、下ネタも軽く話せるような人には、とても快適かもしれませんけれど、そうでない人にとっては、この世界はとても生きにくいと思います。
それでも何とか楽しく生きていけるように、十年前のイチとの思い出を支えにしていたのだと思います。あらゆる人との会話を想像するまでして。
まるで異常巻きのアンモナイトみたいに、生きていくためにそれだけねじくれて過ごしてきたのに、いざ頑張って現実のイチに近づいたら、あんな仕打ちを受けるのですから。ショックに思うのも当たり前ですね。十年間支えにし続けてきた人に、名前すら覚えてもらっていなかったのですから。
ですがヨシカの場合は、他人の名前も覚えていなくて、日ごろから変なあだ名をつけているので、自業自得という考えもまた頷けます。
彼女の名前を覚えているか、いないかという点だけで考えれば、ニが良い人でイチがそうでないように思うかもしれません。ですが、十年前に三回しか話したことがないクラスメイトの名前を、普通は覚えているものでしょうか?イチの目線で考えると、覚えていなくてもおかしくないですね。
冷静に考えれば考えるほど、被害者面したヨシカの自分勝手な思い込みが激しいだけなのではないかと考えてしまいます。ただ、その思い込みのおかげでヨシカが十年間楽しく生きてきたことを思うと、私はそんな彼女のことを嫌いにはなれませんでした。
そもそもの話ですが、少数派や立場が弱い人が生きにくいと思うのが当たり前になっているのは、個人的には絶対に良くないと思っています。そんな人は絶滅して当たり前みたいな考えはあり得ないです。
そういう人が周りに合わせないと生きられないというなら、魔女狩りとか戦時中と大して変わってないじゃないかと思います。現実って本当にフ〇ックです。飛躍しすぎかもしれませんね。申し訳ない。
とにかく、歪でも少数派でも、みんながありのままで生きられるような世の中になればいいのにと、私は切に思います。
ヨシカと街の人の会話について
あれについてもすごく共感できました。
周りに理解されないようなオタク趣味を持っていたり、少し周りとは違った考えを持っている人なら、二十年も生きていれば周りとのズレを自覚できていると思います。そして、実在する他人にそんな自分の本心を話してしまうと、ほぼ確実に引かれます。もしくは呆れられます。
自分の本心を否定されるのが怖いから、話しかけるのも怖くなるのだと思います。他人と接するのを遠慮してしまうのだと思います。だから、想像上の他人と話してしまうのでしょう。私はそう感じました。そして共感しました。
だからこそ、ヨシカのひねくれた部分も理解しようとしてくれるニが現れて、本当によかったなと思いました。
それまでヨシカが楽しそうに会話していた相手について、最初に観て気づいた時にはとても驚きました。けれど改めて見ると、匂わせる描写は序盤から割といくつかあったので、鋭い人なら歌うシーンの前に気づけたのかもしれませんね。私は無理でした。モノローグをあんな風に表現するという発想がすごいなと思って、単純に驚きました。
他にも、改めて見返すと、いろんな意味があったのかもしれないと思う場面がいくつかありました。
例えば、序盤にヨシカが買ったアンモナイトの化石です。ヨシカがあれをすごく大事に扱うときと、雑に扱う時があるのです。その違いは、十年間片思いをし続けたイチへの思いを現した比喩になっているのではないかなと、感じました。
そのほかにも、違った意味にとれそうな発言や行動をしている場面が多いので、何度見ても新たな発見がある映画だなと思いました。
登場人物について
この映画は、登場人物についての私の印象が、前半と後半でガラッと変わったのがとても印象的でした。
ニについて、前半ではイチのことを長年思い続けているヨシカにしつこく言い寄っていて、『すごいウザいなぁ』と思っていました。多分ヨシカと同じ気持ちでした。
しかし後半では、落ち込んでいるヨシカに対して優しく接していて、彼と過ごしているうちにヨシカが笑顔になっていくのを見ると、『良いとこあるじゃん』と思うようになり、彼への私の評価が急上昇しました。ヨシカの名前をちゃんと何度も呼んでいたのも良かったです。
ヨシカの言動については、私は途中までかなり違和感がありました。松岡茉優さんがオタク女子役という話を聞いて見ていたので、あんな風に気楽にその辺の人と話していたのは、ちょっとイメージと違うなと思っていました。やっぱりオタク女子は『海月姫』の能年玲奈さんが一番だとも思いました。
しかし、やはりあの歌のシーンでその違和感はきれいさっぱり消え去りました。能年さんももちろん良かったですけれど、この不安定さもリアルで良いです。
特に、後半のヨシカの情緒不安定さはすさまじかったです。長年思い続けた理想を砕かれたのですから、仕方ないし分からなくもないですが、終わりにかけてどう落ち着いていくのかが気になって、見ていてとても不安になりました。結局、最後の最後まであんまり落ち着いてはいませんでした。
本当にニが優しい人で良かったなと思います。あんな感情的なヨシカのことを叱ってくれるし、側にいて何とか受け入れようとしてくれるのですから。私だったらきっと無理です。
松岡茉優さんについて
この映画の松岡茉優さんは、楽しそうに話すシーンにウザがるシーンに泣くシーンと、ギャグからシリアスまであらゆる感情の場面があって、その表情の変化がすごいなと感じました。泣くシーンもたくさんありましたが、顔をくしゃっと歪ませて泣くところと、奇麗に泣くところがあって、やっぱり女優ってすごいと改めて思わされました。ヨシカはすごい自分勝手なんですけど、それでもどこか憎めないし嫌いになれないキャラクターになっているのは、松岡さんの表情の変化のおかげでもあるのだろうと思います。
松岡さんは経験も豊富なので、私の中では最近は変わった役が多い印象があります。しかしそれを見慣れていると、不意に見るCMとかバラエティ番組に出ている時のかわいい感じにすごくドキッとさせられます。そんな松岡さんが私は好きです。これからも応援したい女優さんです。
まとめ
クスリとさせられる面白いシーンもたくさんありますが、ヨシカの心情や演出の緩急が激しくて、気楽に観られる映画ではないかもしれません。ですが、本当に面白い映画なのでおすすめです。自分は周りと少しズレているかもと思っている人は、ヨシカに共感できること間違いなしです。そんなことで悩んでいる人が観ると、少しは元気になれるかもしれません。もっと沈むかもしれません。
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